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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)1256号 判決

選定当事者

上告人

岡田元治

外二名

(右選定当事者三名の選定者は別紙選定者目録記載のとおり)

上告人

山本勝美

外九名

右一三名訴訟代理人弁護士

福岡福一

被上告人

株式会社

丸島水門製作所

右代表者

島岡信治郎

右訴訟代理人弁護士

大沢憲之進

門間進

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人福岡福一の上告理由について。

一本件は、水門の製作、請負工事等を業とする株式会社である被上告会社が、当時その従業員で、かつ、日本労働組合総同盟丸島水門製作所労働組合(以下「組合」という。)の組合員であつた別紙選定者目録記載の八〇名及びその余の上告人ら(以下「上告人ら」という。)を含む組合員全員に対し、賃上げ要求に関連して昭和三四年六月二日にロックアウトを通告し、同年七月六日までこれを継続して同人らの就労を拒否した間の上告人らの賃金請求権の存否が争われている事件であるが、所論は、要するに、右ロックアウトを正当と認めた原判決は、法律の解釈適用を誤つたものであり、また、審理不尽、判断遺脱、理由不備の違法をおかすものである、というのである。

二憲法二八条、労働組合法その他の労働法令は、労働関係の内容が使用者と労働者との団体交渉を通じて自主的に決定、形成されることを期待し、右の団体交渉の場における当事者の交渉力の対等化をはかるために、一般に使用者に対して社会的経済的に劣位にあると認められる労働者に対し、明文をもつて争議権を保障しているが、これに対応する使用者の争議権については、なんらこれを規定するところがない。しかし、このことから直ちに、一切争議権を有せず、労働争議の場においてそのとりうる措置は、個別的労働契約関係その他の一般市民法(以下「一般市民法」という。)上許される行為に限られるとするのが法の趣旨であると解することは相当でなく、使用者もまた争議権を有するかどうか、又はどの範囲において争議権を有するかは、争議行為の意義と性質、及びこれを争議権として認めた法の趣旨、目的に照らしてこれを決しなければならない。思うに、争議行為は、主として団体交渉における自己の主張の貫徹のために、現存する一般市民法による法的拘束を離れた立場において、就労の拒否等の手段によつて相手方に圧力を加える行為であり、法による争議権の承認は、集団的な労使関係の場におけるこのような行動の法的正当性を是認したもの、換言すれば、労働争議の場合においては、一定の範囲において一般市民法上は義務違反とされるような行為をも、そのような効果を伴うことなく、することができることを認めたものにほかならず(労働組合法八条参照)、憲法二八条や労働法令がこのような争議権の承認を専ら労働者のそれの保障の形で明文化したのは、労働者のとりうる圧力行使手段が一般市民法によつて大きく制約され、使用者に対して著しく不利な立場にあることから解放する必要が特に大きいためであると考えられるのである。このように、争議権を認めた法の趣旨が争議行為の一般市民法による制約からの解放にあり、労働者の争議権について特に明文化した理由が専らこれによる労使対等の促進と確保の必要に出たもので、窮極的には公平の原則に立脚するものであるとすれば、力関係において優位に立つ使用者に対して、一般的に労働者に対すると同様な意味において争議権を認めるべき理由はなく、また、その必要もないけれども、そうであるからといつて、使用者に対し一切争議権を否定し、使用者は労働争議に際し一般市民法による制約の下においてすることのできる対抗措置をとりうるにすぎないとすることは相当でなく、個々の具体的な労働争議の場において、労働者側の争議行為によりかえつて労使間の勢力の均衡が破れ、使用者側が著しく不利な圧力を受けることになるような場合には、衡平の原則に照らし、使用者側においてこのような圧力を阻止し、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当性を認められるかぎりにおいては、使用者の争議行為も正当なものとして是認されると解すべきである。労働者の提供する労務の受領を集団的に拒否するいわゆるロックアウト(作業所閉鎖)は使用者の争議行為の一態様として行われるものであるから、それが正当な争議行為として是認されるかどうか、換言すれば、使用者が一般市民法による制約から離れて右のような労務の受領拒否をすることができるかどうかも、右に述べたところに従い、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側の受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによつてこれを決すべく、このような相当性を認めうる場合には、使用者は、正当な争議行為をしたものとして、右ロックアウト期間中における対象労働者に対する個別的労働契約上の賃金支払義務をまぬかれるものといわなければならない。

三ところで、本件ロックアウトに至るまでの経過として原審の認定するところは、おおむね次のとおりである。

(一)  被上告会社は、当時その従業員は約一四〇名で、その職制を総務、営業、資材、技術、工務の五部に分ち工務部の現場としては、機械、仕上(組立)、製罐、木工の四工場と倉庫等があり、営業方法としては、いわゆる受注生産を主としていた。組合は、昭和三三年八月六日に結成され、同年中二回にわたり合計一か月金三〇〇〇円の賃上を獲得していたが、なお、昭和三四年四月当時における従業員の平均賃金は同業他社に比べて低廉であるとし、組合大会の決定に基づき、同年五月二日の労使協議会において、被上告会社に対し、一か月金三〇〇〇円の賃上げ要求を申し入れた。被上告会社は、その平均賃金は同業他社よりむしろ高額であると判断し、かつ、当時の会社の事業につき先行不安ありと考えていることをも理由として五月九日、右要求には一か月金八〇〇円の限度しか応じられない旨回答した。その後、同月一三日、一五日、一八日(一九日早朝まで)と団体交渉を重ねたが、双方その主張を固執して譲らず、妥結に至らなかつたので、組合は、一九日午前八時三〇分、被上告会社に対し、要求貫徹のため闘争態勢による実力行使に入る旨の闘争宣言を通告した。右団体交渉の段階においても、一二日、一五日には組合員らが総務部長ら会社側の交渉委員に対し、これを取り囲み、罵言を浴せる等して集団的威圧を加え、また、一六日には五名の組合員が命ぜられた出張を理由もなく拒否するなどのことがあつた。

(二)  闘争宣言後の経過

(1)  一九日から二二日にかけて、組合は、昼の休憩時間と始業前とを利用してアジビラや被上告会社ないしその役員を誹謗する文言を記載したビラを工場、事務室等の窓ガラス、壁等に、所かまわず乱雑に貼りつけ、そのため、保安室の窓はほとんどビラで覆われ、事務室等も外光が著しく減ずる有様となつた。工務、総務部長や臨時保安係等が右ビラを剥がし、あるいはビラ貼りの情況を写真にとろうとすると、組合員が、これを包囲して罵倒、威嚇し、あるいはその前に立ち塞がる等して妨害した。

(2)  二〇日、二一日には、組合員は、事務所内で喚声をあげてデモ行進をしたり、執務中の常務等を取り囲んで労働歌を高唱する等して、役員、職員の執務を妨害した。

(3)  二〇日から二二日まで、組合幹部は、携帯拡声器二基を用いて、就業時間休憩時間を区別せず、被上告会社やその役員を誹謗する等の内容の放送をした。

(4)  一九日から二一日まで、終業後、二〇名前後の組合員は、無届で翌朝まで会社構内に残留し、たびたびの退去要求にも応じなかつた。

(5)  二二日頃から、製罐工場を中心として怠業状態があらわれはじめ、それは日を追つて著しくなり、二七日頃の各工場における作業能率は平均して少なくとも平時の半分程度に低下し、その状態は五月末頃に至るも一向改善されず、却つて悪化の傾向もないではなかつた。その間において、会社側がその防止のために職制による巡視を強化したところ、組合員らは後をつけまわつて暴言を吐く等してこれを妨害し、二三日には、巡視中の工務部長に対して製罐工が鉄板やハンマーを投げつけ、同行の保安係員が同部長を囲んで気勢をあげる組合員に押し倒されて治療約三日間を要する打撲傷を負うという事態も生じた。

(6)  被上告会社は、その業務の性質上契約上の義務として負担する現地における納入製品の据付、試運転等の業務のため、一九日、二〇日、二五日にわたり、九名の組合員に対して出張を命じたが、同人らは、「一か月前に出張したばかりだから」等の理由で、いずれもこれに応じなかつた。会社は、これらの作業を下請会社に依頼せざるをえなくなつた。

(7)  六月一日には、工務部の四工場及び倉庫係の正副班長たる組合員八名中木工工場の班長一名を除く七名が一斉に休暇をとつたため、これら各工場の作業過程が麻痺し、正常な作業が不能に陥り、他方、現場各作業所入口で少年工を見張らせて会社側の行動を監視させ、全員ほとんど作業に従事せず、終日怠業状態が続き、会社職制の巡視に対してこれを妨害する等、職場の秩序は極度に混乱した。

(三)  このようにして、被上告会社は、前記のような組合の争議行為により、作業能率が著しく低下し、正常な業務の遂行が困難となつたので、このままの状態では会社の経営にも危殆を招く虞があると考え、六月二日組合員に対してロックアウトを通告した。

(四)  右ロックアウトは七月六日まで継続されたが、この間組合は会社のロックアウトの宣言の不当であることを主張するのみで、争議の状況は何ら改善されることがなかつた。

そして、原審は、右の事実によると、組合は被上告会社との団体交渉の中途において、組合側の賃上げ要求貫徹のため、より強力な手段に訴えるべく前記闘争宣言を発して争議行為に入つたのであるが、その争議行為は暴力行為を伴う相当熾烈なものであつて、漸次怠業状態が深刻化し、さらに出張拒否や正副班長の一斉休暇という部分ストにも発展し、これら一連の争議行為によつて被上告会社の正常な業務の遂行が著しく阻害され、作業能率も低下して、このままで経過するときは被上告会社(資本金一四〇〇万円程度の中小企業)の経過にも支障をきたす虞が生じたので、被上告会社としては、このような事態に対処するため組合の争議行為に対抗して一時的に作業所を閉鎖し、前記のような組合員の不完全な労務の提供の受領を拒否し、その結果としての賃金の支払を免れることによつて当面の著しい損害の発生を阻止しようとしたものである、としている。原審の右認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、すべて正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。

四前記二のような見地からすれば、前記三のような具体的事情のもとにおいてされた本件ロックアウトは、衡平の見地からみて、労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当であると認めることができる。原判決は、前記二と異なる見地に立つものではあるけれども、本件ロックアウトを正当と認め、被上告会社はその間の賃金支払義務を負わないとしたその結論は、正当である。したがつて、論旨は採用することができない。

五よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(坂本吉勝 関根小郷 天野武一 江里口清雄 高辻正己)

選定者目録

井庭富蔵

外七九名

上告代理人福岡福一の上告理由

事件の概要

上告人等は、被上告人の従業員で結成された労働組合の組合員もしくは組合員であつたものであるところ、同組合は昭和三四年四月二八日組合大会において、低賃金を理由として定期昇給分金一、〇九〇円を含め一律一ケ月三、〇〇〇円の賃上げを要求することに決定し、同年五月二日労使協議会の席上で組合執行部を通じ、右一ケ月三、〇〇〇円の賃上げ要求を申し入れたところ、被上告人は一ケ月金八〇〇円の限度でしか応じられないと回答し、その後数回の団体交渉を重ねたにも拘らず妥結するに至らず、昭和三四年五月一九日組合大会の決議の下に、同日午前八時三〇分被上告人に対し要求貫徹のため団体交渉の方法によらず、闘争態勢による実力行使に入る旨を通告し、爾来争議を続けたのであるが、組合は右闘争宣言するに際し、当時生活苦に喘いでいた組合員が多く、ストライキ・怠業等により賃金請求権を喪失するような争議手段を回避し、会社の周辺に宣伝ビラを貼り、組合旗を立て就業時間外に労働歌を唱いデモ行進をする等いわゆる柔軟闘争を行うことを決定し、この方法により昭和三四年六月一日まで就業のまゝ争議を続けてきたのであるが、この間被上告会社は、保安要員と称し出入の土建会社の暴力団に属する多数の暴力人夫を雇い入れ工場内に起居せしめて就業中の組合員に対し、暴言を吐き或は脅迫して畏怖せしめるほか、組合事務所において組合活動中の組合員の執務を妨害する等悪質な組合活動の抑圧行動を続けて組合の実力行使に対抗して来たので組合側は、同年五月二十一日附書面を以つてこの点につき会社側に警告を発すると共に引き続き数回に亘り右人夫の退去を要求したにも拘らず、退去せしめないばかりでなく、会社側は、同年五月二十三日書面を以て組合に対し、正当な組合活動の範囲を逸脱しておると警告し、五月二十五日附書面により正当ならざる組合活動の具体例として、ビラ貼の行過ぎ、マイク放送、社内残留、会社が不承認の組合業務従事届に基き欠勤した組合業務従事者の就業時間中の作業場における組合活動等を指摘し、次で組合の怠業及び部分ストに対して、昭和三四年六月二日始業から当分の間事業場を閉鎖する。この間賃金は支払わない旨のいわゆるロックアウトを断行し、組合側の就労を拒否し続けたのである。そしてこの状態は、昭和三四年七月六日まで継続し、会社側において任意これを解除したので、翌七日から組合員は就業したのである。

右争議は、大阪地方労働委員会において賃上げ一、四〇〇円を基本とし、其他解決金三〇万円等の附帯条件で解決し、ロックアウト中(三五日分)賃金問題については裁判所の判断に従うことで解決をみたのである。

本件は、右争議中のロックアウトの正当性が争点であつて、第一審判決は、会社側の主張する企業防衛の必要性を否定し、上告人の請求を認容したるに対し、原審は第一審の事実認定の判断を覆し全面的に会社側の主張事実を肯定したうえ結審後一ケ年余の昭和四四年九月一九日第一審判決を消し、上告人等の請求を棄却したのである。

第一点

原判決には法の解釈適用の誤りかつ審理不尽、判断遺脱、理由不備の違法があり、破毀すべきである。

一、争議行為として使用者側のなすロックアウトの法的性格なり、正当性の限界については、学説ならびに裁判例において未だ定説を見ない実情であるところ、原判決は使用者の争議手段としてのロックアウトは雇傭関係を存続させながら集団的に労働者の就労(労務の提供)を拒否し、その効果としてロックアウト期間中の賃金支払義務を免がれることを主たる目的としてなされるものであるが、ロックアウトは、使用者側の労務の受領拒否行為にほかならないのであるから、使用者が争議手段としてロックアウトに訴え、労働者が労働契約上の義務の履行としての労務の提供をするにもかかわらず、その受領を拒否するときは、それは原則的には使用者側における受領遅滞を招来すべく、これがための就労不能によつて当然に使用者をしてその反対給付たる賃金支払義務から免除させることにならないものである(民法五三六条二項本文)ただ個々の具体的事情のもとにおいて、そのロックアウトが使用者として労働者側の争議行為から企業を防衛するため真にやむを得ない手段と認められる場合にあつては、使用者の労務受領拒否がその責に帰することができない事由によるものとして、反対給付たる賃金支払債務についても免責される結果になる(前条一項)と解するのが相当である(ロックアウトの正当性)と説示し、この前提の下に原判決理由の三の(一)の(2)・(2)の(イ)乃至(チ)及び(3)の各事実を認定したうえ、争議行為は暴力行為を伴う相当熾烈なものであつて、漸次怠業状態が深刻化し、さらに出張拒否や正副班長の一斉休暇という部分ストにも発展し、これら一連の争議行為によつて会社の正常な業務の遂行が著しく阻害され作業能率も低下して、このままで経過するときは控訴会社(資本金一、四〇〇万円程度の中小企業)の経営にも支障をきたす虞れが生じたので……当面の著しい損害の発生を阻止せんとしたもので、企業防衛のために真にやむを得ないとしてロックアウトの正当性を肯定した。

二、争議手段としてのロックアウトにおける事実上の賃金不払が、法律上容認される根拠については、現在基本的に二つの立場の対立があり、一つは争議手段としてのロックアウトは法令による制限のある場合を除き、単に消極的に「当然には違法でない」「法律上禁止されていない」という止まらず、一定の要件のもとに、ある範囲において、すなわち正当なものであれば市民法上生ずべき受領遅滞責任を免れるという労働法上の効果を認められるとする立場でありっ第二の立場は、使用者側の争議行為につき、一定の要件・範囲のものであつても、右のような労働上の免責効果を認めるのはこれに権利性を付与するものであつて、それは労働者側の争議権の憲法上の保障を無視するものであること、実定法規上にかかる免責を定めた規定のないことなどの理由に、ロックアウトをめぐる法律問題は、もつぱら「市民法的」に考察すれば足り、ロックアウトと賃金支払義務の問題は、緊急避難に該当する場合のみ、または民法五三六条にいう「債権者の責に帰すべき事由」のない場合にのみかかる市民法的一般法的効果が認められたにすぎないとする。裁判例・学説の多数が第一説に近く、原判決は第二説と同様の見地に立つものゝ如くであるが、その当否の論は始く措き、少なくとも裁判上これが統一的見解を待たれるところであるが、問題は、受領遅滞の免責が認められるロックアウトの正当性の限界如何にある。そしてこの点についての従来の裁判例は、先制的、攻撃的ロックアウトを不当とし、労働者側の争議行為に対抗するために必要な防禦性、対抗性を厳格に解し、労働者側の争議行為が使用者の受忍義務の範囲を超え、(東地八王寺支部二五・一二・一六日判決)企業または事業の存立ないし工場施設等の安全を危険に陥れ使用者に著しい損害を及ぼすもの、(横浜地二九・八・一〇日判決)企業のよつて立つ基盤を崩壊させるにいたるような異常な損害を与えるもの、(神戸地三四・一二・二六日判決)争議の場における労使の勢力均衡を破壊するような過重の損害を使用者に与えるものであることを要するとしており、原判決はその説示として「労働者側の争議行為から企業を防衛するため真に緊急やむを得ない場合」にロックアウトの正当性を認めており、その意味においては上叙の趣旨と軌を一つにするものゝ如くであるが、余りにも抽象的表現で具体性を欠き、先制的、攻撃的ロックアウトの場合にも正当性が肯定されるのか、また企業の防衛とは企業設備に対する物質的侵害のほか、営業上の損失すなわち経営上の損失をも含むのかその趣旨必しも明確ではない。

争議権は憲法の保障する労働者の基本的権利であり、争議行為は必然的に正常な業務の運営を阻害する結果を惹起し、これが正当な争議行為に基因する以上、その責任を負わないとされており、従つて争議行為における当該労働法上の精神は、労働者側を使用者と対等の立場において交渉するため違法に亘らない限り一切の闘争方法を許容しておると解すべきでありこの意味において本件第一審判決が労働法上労使対等の均衡の点から使用者の争議行為としてロックアウトを認めながら、しかもその正当性の限界につき「労働者は就労してうる賃金を以てほとんど唯一の生活手段としており、労働者が就労して得る賃金を得ることができるか否かは直接人間としての生存に連なる問題であつて、労働者はいわばその労働争議において生存を賭しているのに対し、労働争議により使用者側が正常な業務を阻害されるか否かは主として利潤の得喪に関する問題であつて、使用者側はその労働争議において右利潤すなわち物質を賭しているに過ぎないから、通常の場合においては、使用者側がその争議手段として行うロックアウトにより労働者側に与える効果は、労働者の争議行為により使用者側に与える効果の如何なる場合にも比して、はるかに強烈である。したがつて、かかる観点からすれば、ロックアウトは労働者側の争議行為と全く同列対等の立場で無制限にこれを許容することはできず、その正当性の限界については労働者側の争議行為に比しより厳格な制限があることはいうをまたない。として正当性の判断に当り、労働者の賃金問題とし、使用者のそれを利潤すなわち経済問題として捉えており、洵に正論というべきである、更らに第一審判決は、ロックアウトの正当性は、具体的な労働争議につき、労使双方の勢力関係、労働者側のとり、またはとらんとする争議手段方法並びにこれによつて使用者側の受けるおそれのある打撃の程度、その他争議における労使双方の間に存するあらゆる具体的事情を個別に判断し、使用者側に労使間の勢力の均衡即ち労働者側との対等の地位を回復保持する必要があり、かつそのためには、衡平の原則や条理等に照らし、ロックアウトをするもやむなしと認める事情のある場合において、ロックアウトを行う正当性があるものと解するを相当とするといい、この観点から会社側主張の暴力行為につきその判示(イ)(Ⅰ)乃至(Ⅳ)のビラ貼、マイクの放送、デモ行進及び社内の残留、工務部長や資材部長又は他の職制等の巡視の際の暴言、いやがらせ等の事実、島田富夫に対する暴行、工務部長に対する威かく、保安要員竹田明を転倒させ三日間を要する打撲傷を負わせたこと、を各認定し、かつ会社側の臨時保安要員の従業員に対する脅迫的言動、暴行の事実其他を認定し、労働者側の暴行等により職場秩序の乱れたことを肯定しながら、ビラ貼りは勿論職場秩序を乱した行動の一部には会社側の臨時保安要員の暴行脅迫行為に対する抗議に基因するものであり、それの責任の一半が会社側にあること、会社の生産設備が積極的に破壊されたことが認められない。

怠業行為については、別表五の「怠業期間における職務別生産能率表」及びこれを基礎として作成した別表六の「怠業期間中における職場別生産能率表」のとおり昭和三四年五月一九日から同年六月一日までの間の作業能率は、平均して平常時の36.7%にまで低下し、殊に同月三〇日及び六月一日の如きは就労皆無の状態となつたし、右期間中の損失工数は、現場だけで五三九人強に及んだとの会社側主張に対し、若干の能率低下の事実を肯認すると共に詳細かつ合理的な理由の下に会社側の主張を信頼性がないと否定し、しかも、争議中の能率の低下についても臨時保安要員の暴行、脅迫的行為が要因をなしておると認定し、また、出張拒否、正副班長の一斉休暇についても会社側の主張を肯定したうえ、前者につき、通常の受忍義務を超える程の大きな損害を蒙むり、又は被るおそれがあつたとは認め難く、後者については僅か一日だけの正副班長の欠勤により作業が不可能になつたとか、或はそれに近い状態になつたものとは認め難いとしいずれもロックアウトの正当性を否定したのである。

三、然るに原判決は、一審判決が右具体的事実を詳細かつ合理的に認定、判断したるにも拘らず何等合理的な理由を示すことなく、会社側提出に係る各証拠により第一審判決と対立する事実認定をなし、かつ会社側が原審において追補充した原判決事実摘示の(1)の(イ)乃至(ツ)(2)の(イ)乃至(ヘ)の各事実を肯定したうえ、これ等一連の争議行為によつて控訴会社の正常な業務の遂行が著しく阻害され、作業能率も低下して、このままで経過するときは控訴会社(資本金一、四〇〇万円程度の中小企業)の経営にも支障をきたす虞れが生じたので、控訴会社としてはかかる緊急事態に対処するため組合の争議行為に対抗して一時的に作業場を閉鎖し、組合員の不完全な労務の提供を拒否し、その結果としての賃金の支払を免がれることによつて当面の著しい損害の発生を阻止せんとしたものであつて、右の如き事情のもとに行われた本件ロックアウトは、控訴会社の企業防衛のために真にやむを得なかつたといい、これが正当性を認定したのであるが、原審認定の個々の具体的事実関係またはこれの綜合結果からみて果して企業防衛のための必要性、緊急性が肯定しうるであろうか、甚だ疑問とせざるをえないのである。けだし、原審の認定事実の内容においても、暴力行為にあつても機械其他作業設備自体に対する物理的侵害の事実は勿論、その虞れも存在しないのであるから、これ等に対する危険の回避の必要性、緊急性は毫も存在しないばかりでなく、怠業、出張拒否、正副班長の一斉休暇にしても部分的な怠業であり、一時的な出張拒否、僅か一日だけの一斉休暇に過ぎず、それによる会社側の被害は、単に利潤の喪失という経済問題にすぎずこれに反し、工場の閉鎖による労働者側の被害は、労働者及びその家族の生存に連なる賃金の支給が停止されるという重大な人道問題であり、その重要性は、到底前者の比でないこと明白であるから、ロックアウトの正当性を認定する場合、当然重要な要素として斟酌考慮されなければならない。

要之、原判決のロックアウトの正当性の認定は、全く労働法の立場を無視し、賃金問題が労働者及びその家族の生活問題であり、人道上の社会問題であることの重要性を看過し、これを単に市民法的債務の関係において捉え延いては、ロックアウトの正当性の限界、特にその必要性と緊急性につき、判断を誤り、民法第五三六条第二項を適用し、上告人等の請求を棄却したことは法律の解釈の適用の誤りがあり、かつ審理不尽乃至理由不備の違法があるものというべきである。

第二点

一、原判決は、本件ロックアウトは企業防衛のため真に止むをえなかつたとするのであるが、原判決にいう企業の意味は必しも明確ではないけれども原判決の認定事実中には、工場の機械其他の諸施設に対する破壊行為等物理的加害行為は勿論、その危険性についても含まれておらず、しかも原審引用に係る島田司の証言(昭和三六年十一月二七日供述)中「ロックアウトも工場に対する直接の被害を顧慮してやつたのではない」との供述に徴すると本件争議において工場設備に対する物理的加害行為及びその危険性が存在せず、従つてこれがロックアウトの原因を組成しないことは明白であるから、原判決のいう企業防衛とは経営状態の保持を意味するにほかならない。そうだとすると、結局本件ロックアウトは、労働者側の争議手段のため会社側の蒙むる損害を回避するという経済問題に帰着し、工場設備に対する破壊其他の物理的侵害の場合と異なり、通常侵害の緊急性は、格段の事情のない限り存在しないばかりでなく、損害発生の危険性についても同様であつて、単に一時的現象だけでなく、相当長期的に考察さるべきである。けだし、労働争議は、事業の平常なる運営を阻害する行為であり、必然的に損害の発生を伴い、使用者としてこれを甘受しなければならないからである。従つて、本件の如く闘争宣言以後僅か一三日間の労働者側の争議手段、特に数名の出張拒否、僅か一日の正副班長の一斉休暇を捉え、著しき損害の発生乃至はその危険が存在するとなし、企業の破碇とか回復困難な事情ということはできないというべきである。のみならず本件の場合会社側においては、怠業其他の部分ストに対し、賃金カット等の対抗手段により損害の回避と労働者側の反省を求める途と余裕が存在するのであるから、いきなり工場閉鎖の如き強力な争議手段に訴える必要性なり、緊急性は存在しないというべきであり、労使対等の原則からも将又市民法の解釈論としても権利の濫用であり、ロックアウトの正当性を肯定すべきでなく、この点に関する原判決の判断は民法第五三六条第二項の解釈適用の誤りを冒するものといわなければならない。

二、仮りに、原判決挙示の労働者側の争議手段による会社側の蒙る損害を肯定するとしてこのため、会社の企業が危機に陥いるかどうかを判断するには、争議手段から生ずる損害と、会社側の経営状態との比較検討のうえ決定さるべきである。

けだし、争議手段が企業に何程の影響があるかは、相対的に考慮さるべき性質のものであり、同じ損害を蒙むる場合にあつても、資本や規模の大小、経営状態の強弱によつて企業に及ぼす影響に相違があるから、会社側の経営状態を把握しないでこれえの影響力を論ずることはナンセンスであつて、この点につき原判決は、控訴会社は資本金一、四〇〇万円程度の中小企業であるというに止まり、第一審判決が、会社の経営状態につき「被告会社は本件争議当時、その資本金一、四〇〇万円(その後倍額増資)、従業員は原告等組合員を含め百数十名であつて、その企業の規模は所謂中小企業に属していたけれども、昭和三一年から同三三年までの年間の純利益は、金二、〇〇〇万円を超え、本件争議のあつた昭和三四年にも年間金六〇〇万円の純利益があつたこと、したがつて本件争議当時における被告会社の経済的基盤は中小企業としてはかなり強固なものであつて、上来認定の如き争議状態の下において乙第七号証の原本の通告文にある通り、自から一応無期限に本件ロックアウトを行う余力を有していた」と被上告会社の争議当時における経営状況を認定し、争議手段による損害の企業への影響を比較検討したことは極めて適切であり、相当であるというべきである。

これに反し、原判決は労働者側の争議行為の不当性を認定し、これによる被上告会社の企業防衛の必要性を判断するに当り、当時の被上告会社の経営、其他の資産状況等企業の実体につき、僅かに資本金を挙げ中小企業であることを認定したに止まり経営の実体に関し何等審理判断をなすことなく、輙く企業防衛の必要性を肯定したことは、法律の解釈適用を誤り、かつ審理不尽、判断遺脱、理由不備の違法があるというべきである。

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